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      ごあいさつ

    こちらは「五島で一番長く愛されている五島うどん製麺所」太田製麺所についての
    コンテンツでございます。
    このコンテンツでは太田製麺所の太田充昭(おおた・みつあき)さんに、
    「太田製麺所について」、「五島うどんについて」など、五島うどんができるまでの
    お話をお聞きしたいと思います。



   太田充昭(以下、太田)
      「ああ、聞こえますでしょうか?聞こえますでしょうか」
   進藤康司(以下、進藤)
      「聞こえます聞こえます。こちらの声はどうでしょうか」
   太田「はい、大丈夫です。画像の方はどうでしょうか」
   進藤「こちらは大丈夫です。私今、手ぇ振ってるのん、わかりますか」
   太田「はいそれはわかるんですが、変な白黒画面になってますね」
   進藤「え?こっちではカラーで映ってますよ」
   太田「まあ、いいんじゃないですか。見えることですし」
   進藤「はいはい。ええ~、それでは、始めましょうか」
   大西崇督(以下、大西)
      「よろしくお願いします」
   太田「こちらこそ、よろしくお願いします」

   ※尚、この対談はカメラ付きネット電話「Skype」にて行いました。
   ※ちなみに、この3人は同じ大学(長崎県立大学)の同級生です。
     進藤、大西が会話の中で馴れ馴れしく「みっちゃんはさあ」などと
     呼ぶのはそのためです。


      『太田製麺所のお話』

                      太田製麺所4代目  太田充昭

                                   進藤康司
                                   大西崇督

   お店はつばき通りにあります 太田製麺所のお店です。

   ●食べたいと『親にねだった』のが、そもそものきっかけ

   進藤「今日は、太田製麺所についての話を、お聞きしようと思いまして」
   太田「はい、よろしくお願いします」
   大西「まあ、前々から「今日するから」と言っていた件ではあるんですが」
   太田「そうだね。だから事前に製麺所の歴史とか、うどんの話とかで、
      僕でもわからないことは、生前のじいちゃん(※2代目、太田直人のこと)や、
      お父さん(※3代目、太田権次【けんじ】のこと)にも聞いておいたから」
   進藤「ではでは、まず最初に、太田製麺所が五島うどんの製麺所を創業したのは、
      いつからなの?」
   太田「大正8年(1919年)からだね。だから太田製麺所は今年で創業92年目」
   大西「えらい昔やね、それは。」
   進藤「それは元々、太田家がなにかの食べ物屋さんだったから?」
   太田「それがね、まったく違ったらしいよ。あの、『紺屋』ってわかる?」
   進藤「こんや?」
   大西「色の『紺』という字に、屋号の『屋』のあれ?」
   太田「そうそう。それを商いにしてたのよ」
   大西「紺屋て、染め物する仕事でしょ(※紺色だけということではなく、
      色の染物を行う染物屋のこと)。うどんとは全く関係ないよね」
   太田「そうだよね。元々は関係なく」



   進藤「じゃあなんで、五島うどんの製麺所になったの?」
   太田「それが面白くてね、じいちゃん(※2代目、太田直人のこと)が小学校に上がる前頃の
      年の話だけど、創業者で、おじいちゃんのお父さん、だから僕の曾じいちゃんにあたる、
      権次右衛門(ごんじうえもん)に、よくいろいろなところに連れて行って
      もらってたらしいんだ」
   大西「はいはい」
   太田「それで、近所の食堂に行っていた時に、じいちゃんは曾じいちゃんに五島うどんを
      よくおねだりしていたんだって、大好きで」
   進藤「へぇ~、おじいちゃんが」
   太田「そう。それがもう、うどんを食べるまではゴネて店から動こうとしなかったぐらい
      だったんだって」
   大西「わかるわかる。そのくらいの年の子はいつの時代でもそうちゃう?」
   進藤「僕らの子供の頃で言えば、お菓子とかチョコレートパフェとか」
   太田「今の子だったら…」
   進藤「そういえばこの間、甥っ子に『アンパンマンのおもちゃ付きチョコ』をねだられたわ。
      買うまでもう床にずっと寝かれてやな、大声で泣かれてやな、えらい大変やったよ」
   大西「うちの子は(大西には今年2歳の息子がいます)『アンパンマンラムネ』やね。
      勝手にレジ持って行って『おばちゃん、ピッ!おばちゃん、ピッ!!』とか言うよ、
      親の許可なく(笑)」
   太田「で、買わないと駄々こねる?」
   大西「こねるね。『これいる~』とか」
   進藤「たぶん自分の生活にラムネがいるんやね(笑)」
   太田「そんな感じだったのかな、子供の頃のじいちゃんも…」
   大西「あれ、自分も子供の頃にやってるから、わかってんのに、
      いざ、子供にやられたらあかんね。わかってても買ってしまうわ」

   この角度がお洒落ポイント 若かりし頃の直人おじいちゃん。ハンサムです。

   太田「で、『それならいっそのこと、自分のところでうどんをつくってみよう』と、始めたのが
      太田製麺所のきっかけ(笑)」
   進藤「え、え、なに?どういうこと!?」
   太田「いやだから、子供が食べたい食べたいというくらいだから、自分でつくってみようと」
   進藤「それが職替えの動機…」
   大西「うわ~…自分の仕事をそれで決めたんか…。」
   太田「かわいかったんだろね、自分の子供が(笑)で、まずは妹のトメさんを
      有川(長崎県、五島にある地名)に遣わせて、
      五島うどんの作り方を習いに行かせたそう」
   進藤「なんせ、わからんかったやろうな、仕事から何から」
   太田「なにもかもね。で、それ以来、太田家家族総出で、五島うどんづくりの
      始まり始まりと言うことで。今思うと、幼いじいちゃんの五島うどんを食べたいという
      大きな情熱が、すべての始まりだったのね」
   進藤「一族をあげて、子供のおねだりに応えてみたと(笑)」

   おねだりに弱いです。 曾おじいさんの権次右衛門さん。

   大西「でもその話は面白いな」
   太田「直人じいちゃん、残念ながら2010年10月に亡くなったんだけど、
      病床に臥す95歳8ヶ月までうどんを作り続けて、本当に五島うどんが好きだったんだ。
      おじいちゃんのうどんに対する情熱というか、
      味と心を受け継いでこれからも頑張らなくちゃって思ってるよ」
   進藤「まさに生涯現役だったんだね」

    うどんに囲まれる直人おじいちゃん。


   ●おいしい五島うどんができるのは、いい時代の証拠

   進藤「今、五島うどんの製麺所っていくつくらいあるの?」
   太田「あのね、【五島手延うどん振興協議会】という会に入っている製麺所だけで、
      35ヶ所あるのかな」
   大西「結構あるんや。それぞれが別々に五島うどんを…」
   太田「そう、それぞれが独自にこだわって作ってる」
   進藤「あのさ、基本的な質問していい?」
   太田「はいはいどうぞ」
   進藤「うどんの小麦粉あるやんか、あれ、どこからもってきてるの?」
   太田「あれはね、本土…っていえばいいのか(笑)長崎県から」
   進藤「それは、昔から?」
   太田「そうだね。ウチの製麺所でいうと、開業当時、上五島の有川港から長崎との間には、
      小さな貨物船が通ってたらしいんよ。その貨物船が出航の際、船乗りさんに
      うどんの原料となる小麦粉を持ってきてもらうよう頼んでいたそうだね」
   進藤「開業当時というと、1900年代の始め頃ぐらいか…」
   太田「そうそう」
   大西「出航の際に船乗りさんに『小麦粉持ってきて』って頼む…。のどかな感じやね(笑)」
   太田「まあ、船乗りさんの気分まかせということではないと思うけどね(笑)」
   進藤「『俺も昔は、港、港で俺を待つ女と、あとうどん職人がいて』(笑)」
   太田「マドロス姿なのが浮かぶね(笑)」

   今ものどかです 現在の有川港。海がきれいです。
   男は船、女は海、かぁ… マドロスさんは、ここに足を乗せて…。

   進藤「でもずっとうどん作っているということは、大変やったんちゃう、
      たとえば、戦争のときとか」
   太田「そうらしいね。やっぱり、戦争中には小麦粉が手に入らなくなったそうで」
   進藤「ああ、材料そのものが不足してて」
    太田「うん。それでわずかな量の配給が
      回ってきたときに、細々とつくる程度の生産量にまで落ち込んだそうだって」
   大西「五島うどんをつくってるどころじゃ、なかったやろし…」
   太田「そもそも配給で回ってくる小麦粉がかなり質の悪いものだったそうで、
      おいしいうどんなんかほとんどつくれなかったらしいよ。
      そのうえ、じいちゃんは戦地にも赴ってね」
   進藤「うどんをつくる人が戦場に行くとなると…」
   太田「まったくうどんがつくれなくなった時期もあったそうだよ。
      もうこうなると苦労、という言葉では括れないよね」
   進藤「話を戻すと、それからおじいちゃんの直人さんが戦争から帰ってきて、
      うどんづくりも再開?」
   太田「じいちゃんに聞いたら、終戦からしばらくはまだ配給制で、
      小麦粉は回ってきていたからうどんは作れたけれど、戦争中と同じように量も少なく
      満足のいくうどんは作れなかったそうだよ」
   大西「大変な時代は戦争が終わった後でも続いていたんやな」
   太田「小麦粉が本土から入ってくるようになったのはそれから1、2年後だけど、
      本格的に流通し始めたのは終戦から十数年先だったようだよ。
      昭和30年代頃になると、次第に小麦粉自体の流通量も増えて、
      美味しいうどんをつくれるレベルの質の良い粉が入ってくるようになってきたんだけど、
      そうなると段々とうどんをつくる製麺所の数も増えて、
      今度は味で勝負する時代になったそうで」
   大西「ライバルと味でしのぎを削る時代に」
   太田「そうそう。曾じいちゃんとじいちゃんはいろいろと試行錯誤を繰り返しながら、
      ほかの業者に負けない味を作ろうと日夜研究して、
      太田製麺所の五島うどんの味を作ったんだね。」

   うどんへの愛と情熱 1973年の直人おじいちゃん。
   うどんを延ばしています 1973年のツルおばあちゃん。

   進藤「そういう歴史があって、今年でめでたく創業92年か…」
   太田「だから僕思うんだけど、平和な時代じゃないと五島うどんは作れないんだよね。
      いい小麦粉も、五島うどんをつくる人もいなくなるから」
   大西「なるほど。今、35ヶ所も五島うどんの製麺所があるのも、
      時代が幸せな証拠なのかもね」
   進藤「今度はその味をみっちゃんが伝えるためにがんばる番、というわけでございますな」
   太田「…ズッシリと重い言葉を君はあっさりと(笑)」

   重みがあります 五島うどんもズッシリしてます。


   ●そもそも五島うどんはいつからあるの?

   歴史の重みもあります ここからは歴史のお勉強です。

   進藤「そもそもさ、五島うどんはいつから五島にあるの?」
   太田「やっと来たね、ロマン溢れる話題に(笑)」
   大西「いろいろなところで書いてあるもん、そこは聞かんと。
      まあ普通はまず最初に聞くんやけど(笑)」
   太田「この五島うどんのルーツはね~、いろいろと説が語られていて」
   進藤「邪馬台国みたいやな。『五島で作ったんや』言う人に、
      『いや大阪ではそれより前に五島うどんが…』とか言い出す人も出てきて…」
   太田「場所は五島で決着してます(笑)。説の一つは【遣唐使伝来説】だね。
      これはうどん博士と呼ばれた、もうお亡くなりになられたんだけど、
      加藤有次さんという國學院大學名誉教授だった方が、

       『うどんの手延製法が遣唐使船の休息地であった五島列島に、
     うどん発祥の地、中国から製法が伝わったのではないか』


   真剣に描きました ※だいたいこんな感じだったと思います。

      と指摘したのね。それで町も、遣唐使とゆかりの深かった中国の
      浙江省温州市(せっこうしょう うんしゅうし)に職員を派遣して調査してみると、
      郊外の永嘉県(えいかけん)というところで、なんと五島うどんとほぼ同じ製法の
      『岩坦索麺(がんたんさくめん)』という麺があるというのを見つけたんよ。
      ということは、この地方のうどん製法が五島列島を経由して全国に広がり、
      日本のうどん文化を生み出したんじゃないか!
      …というのがこの説のおおまかな説明なんだけど」

   高校の歴史は「3」でした ※イメージ図です。

   大西「ふ~ん。遣唐使というのは…ロマンやな。日本はシルクロードの最終地でもあるし」
   進藤「NHKが騒ぐなこれは、石坂浩二さんのナレーションが…」
   大西「あと旅行社がシニア層をターゲットにシルクロードツアーを(笑)」
   太田「『今回のツアーには…うどんがつきます!』(笑)

   10分で描きました あくまでも、イメージ図です。

   大西「他の説は?」
   太田「あと、もうひとつの説は、捕鯨技術の伝承とともにうどん製法が伝わったという説だね。
      五島は今でも捕鯨の資料館があるほど捕鯨が盛んだった町なんだけど、
      なぜかというと昔、有川地区に江戸時代、紀州、今の和歌山あたりから、
      多くの漁師さんが移住して来ていたということがあったそうで。
      その人たちが鯨漁の技術とともに、うどん作りの製法も五島に伝えたのではないか、と」
   進藤「ほ~、和歌山からね…」
   太田「そんな紀州や讃岐の漁師さんたちが五島へうどん作りの製法を持ち込んで、
      そこから五島の風土に合った独自の製法を生み出した、のではないか?…と。
      ほかにも、元寇の際に捕らえた大陸人から伝わったんではないか、という説や、
      15世紀に海賊衆が密貿易をして持ち込んだんでは、という説と、
      まあいろいろとあるわけさ」

   やりすぎました だから、イメージなんですよ!

   進藤「なんで、そんなに多いの?説が」
   太田「いや原因はね、資料となる文献とか、昔から使われてきたはずのうどんづくりの道具が
      残されていないんだよね。だからどの説も証拠、というには…、
      五島うどんの由来の解明としてはまだちょっと…そんな感じだね」
   進藤「だからって土地全部、今から掘り出すわけにもいかへんしな」
   大西「黄金伝説とかもないし(笑)」
   太田「まあ確実に言えるのは、明治時代以降に渡海船で小麦粉が九州本土から
      流通するようになって、原料の小麦粉が手に入りやすくなったことで、
      五島でのうどんづくりが盛んになり、時代とともに五島の食文化の一つとして
      今日まで育まれてきた、ということだね」

   長崎まで2時間40分です 港を出発するフェリー。


   ●家族総出でコツコツとうどん作ってます

   初めは太いんです ここからどんどん細くなります。

   大西「うどんづくりはご家族全員でやってるの?」
   太田「五島うどんづくりそのものは僕とお父さん、袋詰めや発送作業なんかは
      お母さんや僕の奥さんとで。家族が一丸となってコツコツやってる」
   進藤「今気づいたんやけどさ、お父さんの名前の『権次』というのは初代の方の名前から?」
   太田「その通り(初代の『権次右衛門』から)。ちなみに趣味は仕事(笑)」
   大西「わかりやすくいうと…仕事人やな(笑)」
   太田「職人肌というか、口数は少ないけど背中で語る、という感じの人だね。息子から見ても」
   進藤「そして、みっちゃん。みっちゃんは大学卒業してからうどんづくりを始めたんよね?」
   太田「そう、五島に戻って家業のうどんづくりに身を置いてからだから、今年で11年目かな」
   大西「4代目に当たるんやな、みっちゃんは」
   太田「そうなるね」
   進藤「一番最初は、じいちゃんやお父さんからうどんづくりを手取り足取り…」
   太田「いや手取り足取りと言うか、お父さんからはそれこそ『父の背中を見て育った』
      という感じだったかな。まあ2人からね。でも基本的なホントの最初だけね、それは。
      小さい頃からずっと見てきている作業だしね。
      あとは動きを見ながら本格的に覚えていったという感じかな」
   進藤「うどんDNAですな(笑)」

   左側がお父さんです お父さんの権次さんと充昭さん。

   大西「うどん職人として自分は今、どのくらいのレベルなん?」
   太田「それはまっだまだ半人前と思うよ」
   進藤「じゃあさ、大体何年くらいで一人前になるの?」
   太田「いや何年というのはないね、あるとしたら…一生」
   大西「それはなんで?根拠はあるの?」
   太田「あるね。まず一つに、その日の天候によってうどんづくりって変わるんだよ、かなり」
   進藤「それはやり方が?材料が?」
   太田「材料の量の配分とか。例えば湿度や温度によってその日その日でうどんに使う塩とか
      水加減とかを調節しないといけないし。それは長年の経験と直感と…
      とにかくすべてを感じる感覚というか…言葉にできない何かだと思うんだけど(笑)
      それで一日一日最高のうどんを作っていく、ということを考えるだけでも、
      データ化して目盛りでいくらまで、なんてことができない作業だよね」
   大西「うんうん、なるほど」
   太田「それと2代目、ウチのじいちゃんはそれこそ子供の手伝いから数えたら、
      ゆうに90年はうどんづくりに携わっていたけど、
      最後の最後まで『五島うどんづくりは難しいし、大変なこと』だって言ってたよ。
      これは重みのある言葉と思うよ。まだまだ僕なんか道半ばだけど
      美味しいうどんづくりには終わりなんかなくて、
      生涯をかけて向き合う仕事なんだろうね。」

   孫に伝えるうどんの技 親から子、子から孫へと。

   進藤「…あ、そういえば休みの日って決まってる?」
   太田「ないよ、基本的には。うどんを作っていない日でも、前の日にできたうどんを
      検品したり、袋詰めしたり…」
   大西「え、今日はこれ、休みとちゃうの?」
   太田「今日はうどん作ってたよ、さっきまで」
   進藤「…おつかれさまですっ!」
   大西「遅くなりましたが(笑)」



   ●湯気の向こうの笑顔を思い浮かべ

   こだわっています! 太田製麺所の五島うどんをぜひ。

   進藤「まあ、うどんづくりの工程は…さておくとしまして(笑)」
   太田「さておくの?(笑)」
   大西「それこそどこなと載ってますやんか(笑)大体一般の僕らはようわからへんし」
   太田「…そんな君たちに僕は大切な広告サイトを(笑)」
   進藤「じゃあさ、他にはあんまり載っていない、しかも僕らにもわかりやすいお話をば、一つ」
   太田「なんか…ハードル上げたね急に(笑)」
   大西「お話していただける講師は太田充昭さんです(笑)」

   よろしくどうぞ 先生と呼ばせていただきます。

   太田「例えば…一般的なうどんの原料となる小麦粉にはタンパク質が
      6~15%含まれてるのね。この小麦粉に食塩水を加えると、粘着性があり弾力性のある
      グルテンというタンパク質が形成される、と。ここまでは、大丈夫?」
   進藤「……グルテン、か…」
   大西「先生、もうついてこれない方が(笑)」
   太田「早い早い(笑)このグルテンがね、立体的に結びついてうどんのコシを生み出す
      もとになるの。で、五島うどんは小麦粉の生地を捏ねて寝かして、
      グルテンが立体的に構成された後、さらにヨリをかけて細くし、
      それを一方方向に伸ばすという複雑な工程で作るんよ。なぜかわかる?」
   進藤「…まだまだっ!(笑)」
   太田「…大西君は?」
   大西「私は司会進行役ですので(笑)」
   太田「よくさ、『五島うどんは細麺なのにしっかりとしたコシの強さを持っている』
      ということを言うでしょ、ここのサイトでも書いてあるけど(笑)。
      あれはこの一連の複雑な工程があるから、細くても煮崩れしにくい、
      コシの強い麺になる…のでございます」
   進藤「なるほど、ちゃんと『コシの作り方』は理論で説明できるんや。
      いやあ、素晴らしい!聞き続けてよかった!(笑)」
   大西「あ、サイン会はのちほど開きますので(笑)」

   よろぴく ←(注)このサインはニセモノです。

   進藤「じゃあもう一つ、その五島うどんの中でも太田製麺所はここがちがう、
      ここにこだわっているということを先生、ご教授をば」
   太田「なぜさっきから急に先生と呼ぶの?(笑)」
   大西「ハードルをもう一つ上げるためでございます(笑)」
   太田「いや、さっき言ったように細麺なのにしっかりとしたコシの強さを持っている
      ということがまず重要なんだけど、ただコシが強いだけでは本当の五島うどんの魅力は
      十分に出せているとは言えないのね。そこでウチの五島うどんは、
      小麦本来の風味を大切にしながら、しっかりとしたコシの中に、ふんわりとした
      食感を持ち合わせて、口に入れたときの食感と、細さに負けないコシの強さ、
      そして茹で上がりのツヤ、この3つにこだわりを持って作ってるのよ」
   進藤「ふんふん。え~具体的な技術としてはどのような…」
   大西「すいません、そこは企業秘密ですので(笑)」
   太田「そしてね、これはみんなそうだし、忘れがちなんだけど、何よりも湯気の向こうの
      お客様の笑顔を想像しながら、一本一本に真心をこめて作るということを、
      よく考えるね。実は太田製麺所は家族だけで作っていることもあるんだけど
      どうがんばっても、大きな市場に流せるほどは作れないんだ。
      だからこそね、本当に言葉だけではなく、うどん一本一本を大切に作ろうと思うよ。
      だって美味しいうどんって、そんなに多くは作れないものだもん」
   進藤「……今、先生に後光が差した!(笑)」
   大西「ありがとうございました。講師はうどん作ってまだ10年ちょっとの(笑)」
   太田「オチをつけないで(笑)」

   豪快にいきましょう 笑顔で囲む五島うどん。


   ●「アゴダシ」は「とびうおのダシ」のこと

   こすっても香りはしません これがアゴの干物。香ばしいです。

   進藤「こっちはようやく暖かなってきたけど、そっちは?」
   太田「五島もだいぶ暖かいね」
   大西「僕さ、大学で始めて九州行ったやんか。最初は九州って毎日暖かいんやろな、
      南国みたいなんやろなって行く前は考えてたわ」
   進藤「ああ、ぼくもそう。だって大学の前の道路にヤシの木みたいな木が
      道沿いに植わってたもん」
   大西「ところが過ごしてみると、九州でも長崎県佐世保市は関西と変わらないぐらい
      寒い日もあるということがわかった(笑)」
   進藤「海沿いは京都よりも寒い日があることがわかった(笑)」
   太田「普通に四季があることにびっくりしてたね(笑)」
   大西「でも五島も南国っぽいイメージあると思う、九州知らない人だと」
   太田「でもこの間(1月)こっち来た時は寒かったでしょ?」
   進藤「打ち合わせの時とかね。」
   大西「みっちゃんの実家で頂いた五島うどんの温かさが心にしみたほど(笑)」

   ツルツルッといけます この温もりにホッとします。

   進藤「あのさ、五島うどんのダシで使う、『アゴ』って魚あるやんか」
   太田「はいはい」
   進藤「あれもそっち(九州)行って僕は初めて知ったからね、
      カツオ以外のダシってあるんやって」
   大西「僕も。誰でもおいしいと思うような万人向けの味なのに」
   太田「それは僕がびっくりしたね。最初アゴって言っても通用しないもの(笑)」
   進藤「でも関西とか東日本の人って、『アゴはとびうおのこと』って知ってるかなぁ?
      京都ではスーパーでも見かけないよ」
   大西「僕の家の近所もそう」
   太田「五島というか、こっちではトビウオのことを「アゴ」と呼んでてね、
      昔から料理のダシというとこれだったね。時期で言うと、9月から10月にかけてが
      アゴ漁の季節で、この頃は家の庭先で七輪に乗せたアゴを炭火で焼き、
      その後天日で乾かす作業が今でもチラホラ見られるよ」
   進藤「おいしそうな風景やね、香ばしい香りがあって…」
   太田「五島の風物詩のひとつだね」



   大西「ダシに使うのはアゴの中でもサイズとか決まってるもんなん?」
   太田「五島うどんのダシに使われるアゴはまだまだ小さい幼魚だね」
   進藤「それはなんで?」
   太田「幼魚だからまだ脂肪分が少ないでしょ」
   大西「それって味と関係あるの?」
   太田「よく「魚臭い」っていうことがあるけど、あれは魚の脂肪分が大きく
      関係しているらしいのね。で、臭みをなくして、風味豊かでさっぱりした
      ダシが取れるよう、幼魚を使ってるんだよ」
   進藤「その上香ばしく炭火でね…」
   大西「だからアゴのダシって上品で、コクのある味なんやね」
   太田「まあアゴという魚自体も元々脂肪分が少ない魚なんだけどね」
   進藤「だって『空飛ぶ魚』やもんな」
   太田「アゴってさ、水面を時速約70メートル、長いときは400メートル以上も
      飛ぶことがあるんだって」
   大西「まさに、時速70キロメートルで空飛ぶ美味しさやね!」
   太田「……」
   大西「…やね!」
   進藤「……」
   大西「さ、次の話題に(笑)」

   空飛ぶ美味しさやね 上品でコクのある旨さをお試しください。


   ●太田製麺所の五島うどんがスーパーにない理由

   五島へお越しの際はぜひ お店にはお母さんとお嫁さんがいますよ。

   進藤「五島うどんには一年を通して『今がシーズン』というものってある?」
   太田「太田製麺所でいうと、忙しいのはやはりお中元やお歳暮とか、ご贈答の時期だね」
   大西「12月はこのサイトの打ち合わせもできないほどだったもんね」
   太田「そうだったそうだった、普段も休んでないけどね。
      家族だけで作ってるから繁忙期はそれはそれは大変で」
   進藤「太田製麺所の五島うどんって、例えば百貨店とか、スーパーとかの量販店では
      売ってないよな。やっぱり作るうどんの量が少ないから?」
   太田「もちろんそれもあるね。美味しいうどんを作るために家族で毎日がんばってるんだけど、
      それは決して「無理をして」ということではないのね。
      無理をするとできるかもしれないけど、それは失敗をする原因として
      よく挙げられているように、必ずしもプラスばかりではないからね。
      じいちゃんやお父さんがこれまで続けたきたように、自分たちの能力を超える発注は
      これからも受けることはできないね」
   大西「僕の家はね、パンの卸屋をやってたんやけど、量販店に商品を卸すということは、
      店頭に出す量とは比べ物にならないくらいの結構な量が必要やねん、半端やないほど。」
   太田「売れるシーズンとかは特にそうだろうね」
   大西「卸屋として一度仕入れると決まって「今回は量がないんで…」というのは
      言い訳にはならんからね、こっちの信用問題にもなるし」
   太田「でしょ。やっぱり太田製麺所の五島うどんを、例えば誰でも近くのスーパーで
      買えるような環境って一見いいことのような気がするんだけど、
      味の問題や生産量の問題もあるしね」

   食卓に、ご贈答に 無理をしないことも美味しさの秘訣です。

   進藤「太田製麺所はこれまでも、そういう量販店に商品を卸すということはなかったの?」
   太田「ないね、92年間ずっと。だって営業活動すらしたことなかったもん」
   進藤「一度もないの?一度も?」
   太田「うん、まったくと言っていいほど。…よくここまで続いたもんだと思うよ(笑)」
   大西「いや笑い事ではないから(笑)」
   太田「でもそれはね、これまでお客様との繋がりがちゃんとあったという自信でも
      あるわけだよね。だから大変でもあるわけだけど(笑)これは量販店にウチの商品を
      置けない理由でもあるんだけど、うどんをつくった人間と買う方の距離というか、
      もちろん地理的なことの距離じゃなくてね」
   進藤「直接受け答えができる間柄だということやね」
   太田「そうそう、決して量販店やスーパーに商品を出すことがお客様との距離を
      遠ざけるものではないと思うけど、太田製麺所の五島うどんをつくる人間として、
      僕は食べて頂く方の存在をより身近に感じていたいんだよね。
      有名百貨店にも近くの大型スーパーにも売ってないけど、
      太田製麺所は創業92年で一番長く愛されている五島うどん屋さんなんだよ、
      という歴史と実績を胸にね、グッと秘めて、
      これからもコツコツと地道に励んでいこうと思うよ、本当に」


   ●未来の展望

   進藤「いよいよ最後の項ということになりましたが、
      これからの太田製麺所の未来の展望としまして、何か…」
   太田「これからもがんばりますので、太田製麺所の五島うどんをよろしくお願いします」
   進藤「……それだけ?」
   太田「それだけ」
   大西「……では…ありがとうございました」
   進藤「いやもうちょっと言葉をさ、なにかその…あるやんか?」
   太田「いやっちゃんね、キザというかお決まり事みたいなこと言うの。
      そりゃがんばるでしょ今日も明日も(笑)」
   大西「大人になろうよぉ、みっちゃん(笑)」

   明日も頑張ります 夕日に向かって走ろうぜ!みっちゃん!

   太田「そうねぇ~、まあ太田家は代々、この五島の地で生活を営んできたから、
      先人に感謝しつつ、自分たちの子供の代や孫の代にもこの美しい自然と共に
      生活できるようにということで」
   進藤「ええとこやもんね、五島」
   大西「うどんは旨いし(笑)」
   太田「あと五島の活性化にもますます取り組まなくてはいけないんでね、
      太田製麺所もその力に少しでもなれればと思います」
   進藤「はい大人になれました(笑)」
   大西「卒業証書、太田充昭殿(笑)」
   太田「それともう一つ、もっとみなさんに五島うどんを知ってもらいたいね。
      このサイトもそういう意味で作ったわけで」
   進藤「…忘れてたことを思い出させてくれてありがとう!(笑)」
   大西「つい同窓会のノリになってしまったことをここでお詫び致します(笑)」
   太田「ホントに君らは(笑)少しでも五島うどんに興味を持っていただいて是非一度、
      召し上がっていただきたいです」

   湯気の向こうの笑顔のために 五島うどんの美味しさが伝わったでしょうか?


   いかかでしたか?
   太田製麺所が五島うどんに一生懸命に取り組んでいることをご紹介いたしました。
   ここまでお読み頂けて、幸いです。

   さあ、「太田製麺所の五島うどん」をもっと知りたい、どこで買えるの?
   と思った方は、こちらへどうぞ!

   〇お中元、お歳暮の贈答品にぜひ、太田製麺所の五島うどん

   ★太田製麺所の五島うどんは、誰もが知っている「うどん」の中でも、
    知名度、流通量ともに、現在とても希少価値のある商品です。
   ★セット商品には、うどん内容量と同じ人数分の「あごだしスープ(粉末)」も
    入っており、これ一箱で五島うどんの本格的な味が楽しめます。
   ★お中元には冷やしうどん、お歳暮には釜ゆでうどんとして季節を問わず、
    おいしく召し上がっていただけます。
   ★当商品は日持ちする乾麺ですので、贈り物に最適です。
   ★御親戚や御友人など大人数の方に贈る場合でも、大変お求めやすい価格です。


太田製麺所
〒857-4404 長崎県南松浦郡新上五島町青方 1144-10
Tel/Fax  0120-52-2076


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